力学整体研究所(リキガクセイタイケンジュウショ)

力学整体研究所の外観

・院長:
冨岡正喜(トミオカマサキ)
(男・射手座・AB型)
・電話番号:
0791-43-9657
(受付時間は施術時間の欄をご覧ください)
※携帯でご覧の時に上記リンクをクリックすると施術院に電話をかけられます。
お電話の時には「整体・カイロなびを見ました」とおっしゃってください。
・メールアドレス:
こちらをクリックしてください
・住所:
〒678-0233 兵庫県赤穂市加里屋中洲5-45-1
〒678-0233 兵庫県赤穂市加里屋中洲5-45-1

(JR赤穂線・播州赤穂駅から南へ徒歩7分。神姫バス 大石神社前下車 徒歩1分)
・ホームページ:
赤穂市の力学整体研究所
・営業日時:
受付時間(予約制)
午前:10時~11時30分、午後:15時~18時、
休日:木・日・祝祭日
・出張:
なし
・施術内容&価格:
基本コース(必須)
力学療法
初診料(初回)
大人 10000円
小人 10000円
(内訳)
相談料・検査料5000円
施術料・指導料5000円
施術料(2回目以降):
大人 3000円
小人 2000円
応用コース(選択制)
ゆらぎ(スウィング)療法
5分 500円
10分 1000円
15分 1500円
副木固定法(ギブス)
制作費 6000円(副木製作時)
装着費 20000円
(施術料、技術料・材料費共含む)

回数券あり

・資格:
礒谷式力学療法 法術師 正師範
・経歴:
 私がこの仕事に就くことになったのは大
学時代に体調を崩したことに由来します。

しかし、当時の私は何だか調子がおかしい
とは思っていても、自分の体が悪いのだと
いうことに気がつけませんでした。

大学を卒業した後、さらに体調が悪化し
て、同時にいろいろな症状が現れて来まし
た。

そうして、どうしようもない状態になって
しまってから、やっと自分の体は病んでい
ることに気がつきました。

自分は病気であるという自覚を持てたとき
はすでに遅く、日常生活でさえままならな
く寝たきりの廃人のような状態に陥ってし
まいました。

あまりにもひどい状態になってしまった私
は、まだ二十代前半という若さでこれから
の人生どうやって生きていったらいいのか
と自分の人生に絶望しました。

それからというもの、私は自分の体を治せ
る方法を必死になって探しました。

私は自分の症状が医学では病名もつかない
病気であることに気がついていました。

そのため、医学以外にも自分を治せる治療
法を調べてゆきました。

そうした中で、背骨のズレや体の歪みが原
因で病気になるという考え方も初めて知り
ました。

それまで、医学だけしか知らなかった私に
とって、医学だけがすべてではないという
ことに驚きました。

医学以外にも治療法があるのだということ
に衝撃を受けたのです。

 私が初めて読んだ本は、五味雅吉著『腰
痛 よく黙っていたもんだ―このおもしろ治
療法知ってるか』(青春出版社、プレイブ
ツクス)という本でした。

次に、五味雅吉著 『腰痛 我慢すれば悪く
なる―自分で見てやれる図解版』 (青春出
版社、プレイブツクス)という本を読みま
した。

そうして、五味雅吉氏が出している本を
次々と読んでゆきました。

ですから、私が最初に出会った治療法は、
仙腸関節のズレに着目し骨盤を矯正する五
味雅吉氏の骨盤調整法というものでした。
骨盤調整法によれば、背骨が歪むのはその
土台である骨盤が歪むからであり、さらに
骨盤が歪むのは仙腸関節がズレるからであ
るというのです。

したがって、いくら背骨を矯正しても、そ
の土台である骨盤を矯正しないと、また背
骨の歪みが元に戻ってしまうというので
す。

私は、背骨のズレや背骨の歪みを矯正する
治療法よりも、その治療法のほうがより原
因をさかのぼった治療法ではないかと思い
ました。

ただし、私は骨盤調整法の理論に対して、
なぜ骨盤が歪み、仙腸関節がズレるのだろ
うかという疑問を持ちました。

しかし、骨盤調整法ではそれ以上の説明は
ありませんでした。

私は疑問を持ちながらも、骨盤調整法には
納得できるものがあったので、五味雅吉氏
が主催している自然良能会のほうで紹介し
ている骨盤調整法を受けられる治療院で、
自宅から一番近い明石市の治療院へ通うこ
とにしました。

一番近いといっても半日はかかりましたの
で通院は一日がかりでした。

初めて明石市にある治療院へひとりで行く
ときは不安でした。

というのも、体調が悪かったので、途中で
具合が悪くなってしまい帰れなくなるので
はないかと心配したからです。

それでも、何とか無事に治療院へ行くこと
ができました。

そこの治療院へは約2年間通いました。

最初の頃は、治療を受けるとある程度体が
軽くなっていたのですが、通い始めてから
約1年くらいすると、治療を受けても最初
の頃のように体は軽くはならなくなってい
るのに気がつきました。

それでも、最初の頃にはある程度効果があ
ったこともあるし、他にいい治療法も知ら
ないことから通い続けました。

しかし、通い始めてから約2年くらいにな
ると、これ以上その治療法を受け続けても
効果を望めないということが何となくわか
って来ました。

私が受けていた治療院では、仙腸関節を中
心として骨盤を調整する手技だけではな
く、全身の施術も行っており、いわゆる一
般的な整体・カイロプラクティックとほと
んど同じものでした。

後年になって、私はこの体験から、同じ治
療を受け続けると、その治療の効果が逓減
するという現象を「治療と刺激」という観
点から解明しました。

また、治療効果が逓減するという法則は、
「治療の本質」ということと深く関わって
いるということを発見しました。

こうしたことは、何も整体・カイロプラク
ティックなどの手技療法だけではなく、他
のほとんどの治療法でも同じように当ては
まります。

その当時の私は、なぜそう感じるのかまで
はわかりませんでしたが、その治療法の限
界をはっきりと意識するようになったので
す。

こうした治療法の壁というものに気がつい
た私は、途方に暮れてしまいました。

 ちょうどその頃、私は礒谷公良著『奇跡
の礒谷療法―自然回復力を活用する』(祥
伝社、ノンブック)という1冊の本と運命
的な出会いをしました。

当時の私は、何とかもっといい治療法は他
にないものかといろいろな治療法の本を読
みあさっていましたので、この本の存在に
ついては以前から知っていました。

しかし、表紙のカバーの写真が林檎で、サ
ブタイトルに「自然回復力を活用する」な
どと書かれてあったため、私はてっきり食
事療法の本だとばかり思い込んでいまし
た。

礒谷療法という名前からして、いかにも食
事療法のような感じがしたのです。

ですから、自分には食事療法は関係ないと
思っていた私は、その本の存在を知っては
いても読む機会はありませんでした。

しかし、書店で見かける治療法に関する本
を読み尽くしてしまった私は、読む本がな
くなってしまいました。

そこで、自分とは関係ないだろうが、何か
の役に立つかも知れないと思い、とりあえ
ず読んでおこうと読み始めたものです。

ところが、この本を読み始めてみて、私は
驚きました。

というのも、この本には、私がずっと疑問
に思っていたことへの解答が書かれてあっ
たからです。

私の疑問というのは、背骨が歪むのは骨盤
の歪みが原因であり、骨盤の歪みの原因は
仙腸関節のズレにあるという説に対して、
なぜ骨盤が歪み、仙腸関節がズレるのかと
いうものでした。

礒谷療法によれば、股関節で骨盤にはまり
こんでいる大腿骨の角度がズレると、左右
の脚に長短差が生じるというのです。

そのため、二本の脚で立ったとき、長い方
の脚の骨盤側は上方へ押し上げられ、短い
方の脚の骨盤側は下方へ落ち来て、仙腸関
節がズレて骨盤が傾斜することになるとい
うのです。

また、礒谷療法では、股関節で骨盤にはま
りこんでいる大腿骨の角度がズレるのは、
日常生活での習慣的な動作や姿勢に原因が
あることを究明していました。

  私はコレだと思いました。

これこそ、私が探し求めていた治療法だと
思いました。

私の身体を治せるのはコレしかないと思い
ました。

ところが、当時礒谷療法を受けられる治療
所は東京に一カ所しかありませんでした。

私が住んでいる赤穂からは遠すぎてとても
通える距離ではありません。

礒谷療法では、大腿骨が外側へ開いたり、
外方へねじれたりすると、脚が長くなると
いいます。

その反対に、大腿骨が内側へ閉じたり、内
方へねじれたりすると、脚が短くなるとい
います。

私は、股関節で骨盤にはまりこんでいる大
腿骨の角度がズレると、どうして脚が長く
なったり短くなったりするのかという理由
について疑問を持ちました。

しかし、礒谷公良著『奇跡の礒谷療法』
(祥伝社、ノンブック)という本にはその
ことが説明されていませんでした。

そこで、もう少し礒谷療法のことを調べて
から今後のことを決めたいと考え、東京の
礒谷療法所から礒谷療法に関する本やビデ
オなどを全部取り寄せました。

ビデオの臨床例には小児麻痺などのすごい
記録がありました。

しかし、分厚い専門書でも、理論的な内容
は礒谷公良著『奇跡の礒谷療法』(祥伝
社、ノンブック)という本とそれほど大差
はありませんでした。

本を読んでも、自分はどちらの脚が長いの
かよくわかりませんでしたし、自分が何型
なのかもわかりませんでした。

  そこで、これはもう実際に治療を受けて
みるしかないという結論になって、思い切
って礒谷療法所へ電話をかけてみることに
しました。

ところが、電話に出た男性からは弱々しい
声で「大先生は亡くなりました。療法所は
閉鎖していてもうやっていません。」とい
う思いがけない返事がかえって来たので
す。

私は驚きました。

せっかくコレだと思える治療法に出会えた
のに、それが受けられないというのです。

私は自分を治せる治療法を受けられなくな
ってしまったと絶望しました。

後日わかったことですが、電話に出られた
男性は受付の黒木先生で、礒谷公良先生は
平成元年2月7日に亡くなられたというこ
とでした。

私が礒谷療法所に電話をしたのはまさにそ
の直後のことでした。

私は礒谷療法に希望を見いだし、何とかこ
の治療法を受けたいという思いで必死でし
た。

そこで、きっとお弟子さんがいるのではな
いかと思い、礒谷療法所のほうへお弟子さ
んでいいから紹介してもらえないだろうか
と手紙を出しました。

しかし、返事はありませんでした。

  その後、私は何をする気も起こらず、時
間を無為に過ごしていました。

そんな私を母が見かねて、もしかしたらま
たやっているかもしれないから、東京の礒
谷療法所へ電話をしてみればと言ってくれ
ました。

しかし、いったん閉鎖した療法所をまた再
開するなどということはあり得ないことだ
ろうし、療法所のほうへ手紙を出しても返
事がなかったことから、また再開している
とはとても思えませんでした。

ですから、母がそう言ってくれても私はも
う一度電話をしようとはしませんでした。

ところが、ある日のこと、母が勝手に礒谷
療法所へ電話をしたのです。

そして、母から「また、やっていると言っ
ているよ。早く電話に出て。」と私を呼ぶ
声が聞こえるではありませんか。

私は本当に驚きました。というか、療法所
を再開しているということが信じられませ
んでした。

あわてて電話に出た私は、電話口の向こう
から聞こえる女性から療法所が再開してい
ることを知らされました。

そして、療法所の案内書を送ってもらえる
ことになったのです。

このときの私の嬉しさというのは言葉に言
い尽くせないものでした。

そして、電話をしてくれた母に感謝しまし
た。

もし、母が電話をしてくれなかったら、私
と礒谷療法との関係はとぎれてしまってい
たことでしょう。

後日、電話口に出てくださった女性は礒谷
公良先生の長女の礒谷俊子先生だというこ
とを知りました。

  礒谷療法所から案内書が届きました。

案内書を見た私は、とにかく実際に矯正治
療を体験してみないことには何も始まらな
いと思い、礒谷療法所へ電話をして予約を
取りました。

当時、予約は午前中だけでしたので、予約
時間に間に合わせるには前日に東京で宿泊
する必要があり、旅行会社を通じて神田の
ホテルを予約しました。

上京後、一泊して翌朝、予約まで時間があ
ったので、私はホテルの浴室で入浴をしま
した。

ところが、弱っていた私の体はお湯の温度
で急激に血流が速くなったのについてゆけ
ず、気分が悪くなってしまいました。

このとき、自分の体はここまで弱っている
のかと愕然としました。

しばらく休んでいると、やっと落ち着いて
来た私は、ホテルを出て礒谷療法所へ向か
いました。

  礒谷療法所へ初診で行くと、まずビデオ
を見せられました。

その後、検査を受けてLO型という型に決
まり、矯正治療を受けました。

それから、自宅矯正法や日常動作による矯
正法の指導を受けました。

後でわかるのですが、私の検査と矯正治療
を担当してくださったのは菊池秀男先生
で、自宅矯正法と日常動作による矯正法を
指導してくださったのは細木原先生と水野
先生でした。

実際に教えていただくと、本を読んで理解
していたやり方とはかなり違っていまし
た。

やはり、こうした矯正治療法は、書籍など
の写真、イラスト、文章等で理解するのに
は限界があることを知りました。

  あれほど憧れていた治療法を実際に受け
ることができたわけですが、治療法を受け
られたという感動はあるものの、その効果
となると正直なところよくわからないとい
うのが本当のところでした。

それで、これはやはり私の悪化した体では
1回や2回くらいの治療では効果は出ない
ものなのだと思いました。

というか、自分の体で1回や2回くらいで
効果が現れてるほうがおかしいくらいに考
えていました。

ですから、効果がなくてもむしろ当然だ
し、この治療法は継続して受け続けなけれ
ばいけないと思いました。

何年かかるのかわからないが、とても短期
間でよくなるものではないということは自
分でもわかっていました。

  そこで、東京の中野駅の近くでアパート
を借りて、礒谷療法所へ通う決心をしまし
た。

しかし、私の体では東京の夏の暑さに耐え
る自信がなかったことから、9月の上旬を
過ぎて涼しくなって来る中旬の時期から本
格的に矯正治療を受けることにしました。

8月になって、上京して中野駅の近くでア
パートを借りました。

その際、礒谷療法所へも行き矯正治療を受
けてから帰省しました。

そして、9月13日に上京し、礒谷療法所
で本格的に矯正治療をスタートしました。

その時、私は28歳でした。

  私は、1年間ほとんど毎日礒谷療法所へ
通いました。

私の矯正治療を担当してくださったのは主
に反中武雄先生でした。

その間、私は必死になって矯正治療を受け
ました。

礒谷療法では屈伸運動という運動療法があ
るのですが、私はこれをほとんど毎日欠か
さず1日約8時間以上も実行していまし
た。

この屈伸運動をやったことがある人はわか
るのですが、毎日8時間以上しかも1年に
わたって屈伸運動を行える人というのはほ
とんどいないと思います。

私は治りたい一心で決死の覚悟でやり通し
ました。

本には治療期間として3ヶ月と書いてあっ
たので、私は3ヶ月くらいすればある程度
何らかの効果があるのではないかと自分で
も計算して見込んでいました。

しかし、3ヶ月を過ぎても一向に良くなる
気配がありません。

それどころか、礒谷療法の矯正による反応
が出て来たのです。

この最初の3ヶ月めで、私は礒谷療法を止
めようかと正直迷いました。

しかし、礒谷療法以外に頼る治療法もなか
ったし、あまりにも礒谷療法を信じる気持
ちが強かった私は、3ヶ月を過ぎてもその
まま続けました。

1ヶ月ほどして反応の一つは消えました。

しかし、もう一つの反応のほうは先生にも
わからないようでした。

  そうして矯正治療を開始して約1年が経
過した頃です。

ある肌寒い日に、地下鉄の駅のホームで電
車を待っていると、左頬に痺れが走るのを
感じました。

このとき、私は、左頬から顎にかけて絶え
ずあった痺れがなくなっていたことに気が
つきました。

絶えずあった痺れが消えていたことにずっ
と気がつかずにいたのですが、再び痺れが
走ったことで以前あった痺れがなくなって
いたことに気がついたのです。

このとき、目に見えないところで、私の体
は確実によくなっていたのだと思いまし
た。

  ちょうどその頃、私にとって人生の岐路
を決める大きな転機が訪れました。

礒谷公良先生の後を継いで礒谷療法所の二
代目院長になっていた長女の礒谷俊子先生
から礒谷療法所の仕事を手伝ってみないか
というお声をかけていただいたのです。

私は体調を崩してからというもの自分の人
生を諦めているところがありました。

しかし、患者として礒谷療法所に通いなが
ら、私のように病苦で悩んでいる人のため
に、できれば礒谷療法所の仕事のお手伝い
ができればと思うようになっていました。

私のような役立たずの人間でも、人のお役
に立てればどんなにいいだろうかと思って
いました。

たとえ礒谷療法の技術を教えてもらえなく
ても、礒谷療法所の仕事なら雑用でも構わ
ないという気持ちでした。

それが、はからずも礒谷療法所の内弟子と
して中へ入ることができたのです。

しかも、当時は礒谷公良先生のお弟子さん
たちが職員として7名も残っていたので
す。

こんな幸運に恵まれるとは思いもしません
でした。

その時、私は29歳になっていました。

  内弟子として入った当初は、出勤する日
にちも毎日ではなく、勤務時間も短かった
のですが、すぐに毎日朝から晩まで診療時
間いっぱい勤務するようになりました。

さすがに丸一日勤務するようになってから
は屈伸運動を8時間もすることはできなく
なりました。

それでも、2時間は確保するようにしてい
ました。

内弟子として中へ入ってみると、患者とし
て知っていることと、先生として知ってい
ることには大きな隔たりがあることがわか
りました。

いくら患者さんとしていろいろ教わったり
経験したとしても、患者さんと先生とでは
知識の差が大きいのです。

患者さんとして学べることと、先生として
学ぶこととでは知識の内容の面でも違って
いました。

患者として1年間毎日通っていろいろなこ
とを覚えたつもりでも、知らないことのほ
うが多かったのです。

私は自分の知らなかった新しいことを学べ
る喜びでいっぱいでした。

私は日頃から疑問に思っていた内容を礒谷
公良先生当時から残っておられた職員の先
生方にそれぞれ同じ質問をしたりしていま
した。

当時の先生方からこのような貴重な内容を
毎日学べる機会を与えらた私は本当に幸運
でした。

しかし、しばらくしてその先生方も菊池秀
男先生と私以外は退職することになりまし
た。

私は正式な職員として礒谷療法所に残るこ
とになったのですが、私にとってこのこと
はとても残念なことでした。

ただ、反中武雄先生と黒木先生は引き続き
出勤はされていました。

  そうして、礒谷療法所の常勤の職員とし
ては菊池秀男先生と私だけになってしまい
ました。

それからというもの、私の矯正治療は反中
先生に替わって菊池先生に毎日していただ
くようになりました。

私が最も師事した先生はお二人いらっしゃ
います。

菊池秀男先生と反中武雄先生です。

このお二人の先生から教えていただいたこ
とは数限りなく、その恩恵は私にとって大
きな財産となっています。

私を治療家として育てていただき、お二人
の先生には今でも本当に感謝しています。

  礒谷療法所ではいつも菊池先生と一緒で
したし、現場の責任者である菊池先生から
は本当に多くのことを学びました。

私が一番多くのことを教わったのは菊池先
生からです。

菊池先生はご自身が現場で眼で見て、声で
聞いて学んだせいもあって、私にも同様の
学び方を要求されました。

菊池先生は私に手取り足取りは教えてくれ
ませんでした。

そのせいもあって、私は菊池先生からは技
術と知識を盗むような学び方をしました。

当時、礒谷療法所に患者さんとして20年
来以上通所されていて、礒谷療法所の仕事
にもお手伝いに来てくださっていた白鳥さ
んという方がいらっしゃいました。

その白鳥さんからは、礒谷療法の技術と知
識を学べるのは菊池先生とずっと一緒にい
るあなたしかいないのだから、礒谷療法所
にいる間は菊池先生から学べるだけ学ばな
ければいけないよと言われたりしました。

あなたの仕事は菊池先生の技術と知識をで
きるだけ盗むことだとも言われました。

  私は菊池先生の施術の仕方を毎日注意深
く観察していました。

ちょうど1年くらい経過した頃に、私は菊
池先生が施術のやり方を患者さんお一人お
一人に合わせて微妙に加減しているのが眼
で見えるようになりました。

患者さんによって施術を変えていたので
す。

毎日一緒にいて毎日見ていたのにそれまで
は見えていなかのです。

このことは私にとって本当に驚きでした。

毎日菊池先生と一緒にいて菊池先生の手技
の微妙な調節が見えるようになるまでに1
年もかかったのです。

と同時に、見えるようになったことが嬉し
かったです。

そして、見えるようになると、この先生は
何て上手いんだと感心もしました。

  私は菊池先生の話にも絶えず注意を払
い、聞き耳を立てていました。

先生の話から学べることが多かったからで
す。

特に、患者さんとのやりとりは参考になり
ました。

たとえば、礒谷療法では、屈伸運動という
のがあります。

この屈伸運動というのは、患者さんの脚型
を判定して、脚型に合わせた基本的な足の
位置が決まっています。

それだけなら、脚型さえ決まれば、それに
応じた足の位置で実施していただければい
いわけです。

ところが、患者さんによっては基本的な足
の位置では駄目なこともあり、また、屈伸
運動中に何らかの症状が発生した場合、そ
の症状に合わせて足の位置を変えてゆかね
ばならないのです。

そのため、変型のパターンは複雑で、それ
らを覚えるのに苦労をしました。

患者さんが先生に足の位置の変え方を質問
し始めると、患者さんと先生の近くに寄っ
て行って、先生が患者さんの足の位置をど
のように変えているかを見ているわけで
す。

この場合は、このように変えるのだという
ふうに一つ一つを積み重ねて覚えていきま
した。

そうして、基本的な変え方がわかるように
なるのに6ヶ月かかりました。

さらに、応用的な変え方がわかるようにな
るのには1年かかりました。

変え方がわかるようになると、原理がわか
るようになり、変え方の法則もわかるよう
になりました。

  菊池先生を師事して3年くらいたった頃
には、私はもう覚えることはないだろうと
思っていました。

ところが、ある動作のやり方で菊池先生が
話されているのを聞いていると、それは私
の知らないことでした。

私は自分でもまだ知らないことがあったの
だと驚きました。

菊池先生とは3年間毎日一緒にいてもまだ
覚えていないことがあったのです。

礒谷公良先生はその著書の中で、礒谷療法
を習得するのに2~3年はかかると書かれ
ているのは本当だなと思いました。

菊池先生は一人前になるには10年かかる
と言われていました。

したがって、礒谷療法を習得するのには、
優れた先達に就いて、最低でも2~3年は
その先達と毎日一緒にいて指導を受ける必
要があります。

ですから、講習会や研修会、セミナーなど
で礒谷療法を習得することはできません。

  反中先生は退職後も礒谷療法所のほうへ
よく出て来られて仕事を手伝ってくださっ
ていました。

反中先生は小児麻痺などの重症患者さんに
行う副木固定法の専門家でした。

私は反中先生によく質問をしていろいろ教
わりました。

私が何度も質問をしても、その都度丁寧に
教えてくださるのです。

私が礒谷療法について一番質問をして聞い
たのは反中先生です。

反中先生には副木固定法も教わりました。

  礒谷療法所では菊池先生と私だけの二人
きりになってしまっていたので、私を早く
育てるために比較的早くから患者さんの矯
正を担当することになりました。

それでも、私は礒谷式の股関節矯正法をあ
る程度習得できるまでに約6ヶ月かかりま
した。

6ヶ月くらいしてやっと普通の患者さんの
矯正ができるかなと思えるようになりまし
た。

しかし、股関節脱臼や変形性股関節症など
の患者さんの矯正はまだ習得できませんで
した。

股関節脱臼や変形性股関節症などの患者さ
んも矯正ができるかなと思えるようになる
には約1年かかりました。

  私は股関節を矯正する技術についても自
分なりに工夫して練習を繰り返しました。

銭湯には大きな鏡があったので、鏡の前で
自分の手技を見ながら何度も練習したもの
です。

礒谷式の股関節矯正法は股関節を屈曲した
状態で方向転換するので、患者さんとして
は少なからず衝撃があります。

これを何とかしたいと思いました。

最初は、この股関節矯正の方向転換を直線
方向ではなく円方向で操作してみればいい
のではないかと考えました。

武道などでも直線の動きより円の動きのほ
うが優れているというからです。

しかし、股関節矯正の方向転換に円方向で
の運動を施すと、かえって股関節部に負担
をかけることがわかりました。

そこで、私は股関節で屈曲後の反動を利用
して方向転換をはかるという技術を開発し
ました。

これなら、患者さんが矯正時に受ける衝撃
が少なく、施術者も施術時にそれほど力を
いれないで済みます。

また、矯正時の反動を利用するため骨格系
と同時に筋肉系も無理なく方向の転換が可
能になりました。

施術者が力を抜いて施術を行えるため、患
者さんも軽く施術を受けることができるよ
うになりました。

その点で、私の股関節矯正の技術は他の先
生とは違います。

患者さんからも私の施術が他の先生とは違
い独特であると指摘されることがありま
す。

  私が礒谷療法所の内弟子として入った
頃、礒谷療法所では講習会制度が始まりま
した。

そのため、礒谷療法所では講習生を受け入
れ、菊池先生と私が講習会の講義と実技を
担当することになりました。

当初、菊池先生が礒谷療法の講義と股関節
矯正法の実技を担当し、私はその他の実技
と自宅矯正法や日常動作による矯正法など
を担当しました。

その後、私は股関節矯正法の実技も担当す
るようになりました。

講習会制度が開始した最初の頃は、講習会
は2日間で行われました。

その後、研修会制度が追加されました。

講習会を受けた講習生が研修会に参加して
研修生として研修を受けるというもので
す。

  私はこうした講習会や研修会を通じて、
講習生や研修生を見ていて礒谷療法を習得
するのにかかる時間というのがわかってき
ました。

また、礒谷療法師として礒谷療法を習得す
るには、施術者や指導者として理論と技術
を学ぶだけでは不十分だということもわか
ってきました。

自分も一患者として毎日礒谷療法の施術を
受けながら自宅矯正法と日常動作による矯
正法を実行する必要があります。

以上のことを前提にすると、礒谷療法を習
得できる期間というのははっきりしてきま
す。

入門期では、礒谷療法のことが何となく最
低限度わかるようになる段階までに約6ヶ
月間(1440時間)かかります。

初級期では、礒谷療法のことがある程度わ
かるようになる段階までに約1年(288
0時間)かかります。

中級期では、いろいろな臨床例に出会い礒
谷療法を身につける段階までに約2年(5
760時間)かかります。

上級期では、臨床経験を積み重ね礒谷療法
を体得する段階までに約3年(8640時
間)かかります。

約3年で習い事やお稽古ごとの初段といえ
るでしょうか。

ただし、これは優れた先達に就いて毎日朝
から晩まで一緒に現場にいて経験を積むこ
とと並行して、自らも毎日礒谷療法を実践
するという前提での話です。

  私自身も礒谷療法を習得するのに、上記
の期間がだいたい当てはまります。

もっとも、私の場合は疑り深い性格もあっ
て、どこかで礒谷療法を疑っているところ
がずっとありました。

それで、私が礒谷療法のことを納得できる
ようになるまでは約4~5年近くかかりま
した。

4~5年という幅があるのは、ある時点で
急に納得したということではなく、疑える
ところまで疑っても礒谷療法に一定の効果
があるということを徐々に認めざるを得な
くなる経緯があるからです。

  私自身の矯正治療は、矯正を開始してか
ら約2年後に矯正のし過ぎで脚型が反対に
なってしまいました。

そのため、右側にひどい腰痛が起こり、脚
にも痛みが出てしまいました。

そこで、LO型だった脚型をLOS型、R
OS型、RO型と順次変えていき、とうと
うR型になってしまいました。

しかも、R型でも極端に右足を後ろへ引く
応用形の足の位置にせざるを得ませんでし
た。

私は体調を悪くしてからずっと腰痛があり
ました。

定期的にギックリ腰を起こしては動けなく
なっていました。

礒谷療法の矯正治療を始めてからも、時々
ギックリ腰を起こしました。

内弟子になってからもギックリ腰を起こし
ていました。

ギックリ腰を起こした時は、さすがに患者
さんの施術はできません。

礒谷療法所で反中先生や菊池先生に矯正を
していただき、一患者になって屈伸運動を
行っていました。

それを見ていた患者さんは、先生である私
が腰痛で患者として屈伸運動を行っている
姿を見て笑っていらっしゃったものです。

それが、矯正治療を開始して2年後にひど
いギックリ腰になってから、それ以降は腰
痛が起こらなくなりました。

矯正治療を始めてから約2年間で私の身体
が変わったのは間違いありません。

私は、整形外科では何度も脊椎分離症と診
断を受け、あなたは一生腰痛とは縁が切れ
ないでしょうと言われていました。

その後、駿河台日本大学病院で診察を受け
たとき、私の脊椎分離症は見当たらないと
いう診断を受けました。

矯正治療を始めて約3ヶ月目に起こった反
応も、矯正のし過ぎで反対の矯正に変えて
から約2年後に収まってきました。

最初に反応が起こってから収まるまで約4
年かかったことになります。

この時の体験は私に多くのことを教えてく
れました。

その他、一日だけ全身の筋肉の緊張状態が
緩和して普通の人は何て楽な状態で生きて
いるのだろうと普通の人並みな状態を体験
できたり、絶えず頭痛があったのが頭痛が
しなくなったり、首が動かないほどコチコ
チに硬くなっていたのがそうでもなくなっ
たり、背中の筋肉がまるで綱引きをされて
いるかのようにもの凄い力で引っ張られて
いたのが消えていたりしました。

  私自身が礒谷療法の威力を最も体験した
のは、反中先生がきっかけでした。

反中先生によると、座布団矯正で1枚折り
や1枚半折り、2枚折りなどは上半身を反
らせることになるので、かえって良くない
のではないかという見解なのです。

矯正で上体をそれだけ反らせると、日常生
活でも同じように上体を反らせる必要があ
るというのです。

だから、座布団矯正は2枚か3枚くらいで
止めておいたほうがいいという意見でし
た。

私は反中先生の意見に従って、座布団矯正
を1枚半折りで行っていたのを、一時期3
枚に増やしてみました。

それで、約1年が経過した頃でしょうか、
何となく体が重いというかだるいという感
覚を感じるようになりました。

以前は、こんなことはなかったのにと思
い、おかしいと考え始めて、座布団の枚数
を減らしてみることにしました。

2枚に減らしても変化はありませんでし
た。

そして、1枚折りに減らした時に劇的な変
化が身体に起こったのです。

1枚折りの座布団で矯正治療を開始した途
端に、突然血液が大腿部から全身へと急速
に流れるのを感覚として知覚したのです。

同時に、全身がポカポカと熱くなるような
感覚もともなっていました。

それは、まるで水が急激に何かに染み込む
ような感覚でした。

あるいは、水の中に何か色のついている液
体を落としてそれが急速に拡がるような感
覚でした。

せき止められいた水が勢いよく流れ出した
という感じでした。

座布団の枚数を増やしたために身体の伸張
が十分ではなく、血行が悪くなっていたこ
とを私は悟りました。

そのため、何となく体が重いというか、だ
るいという感じがしていたのだということ
も理解しました。

それが、座布団の枚数を減らしたことによ
って、身体の伸張が十分に行われて急激に
血行がよくなったのだということもわかり
ました。

このとき、本当に礒谷療法は凄い療法だと
思いました。

もし、反中先生の意見に従って、私が座布
団の枚数を減らさなければ、これを体験す
ることはなかったでしょう。

そういう意味で、反中先生のおかげで、私
は貴重な体験をすることができたわけで
す。

この体験で、座布団の枚数は1枚折りや1
枚半折り、2枚折りなどでしないほうがい
いという見解が間違っていたこともわかり
ました。

  礒谷療法所へ入ってから約5年が経過し
ようとした頃、ある出来事が起こりまし
た。

そのことがきっかけで、私は院長の礒谷俊
子先生から呼び止められてあることを言わ
れました。

礒谷俊子院長から言われた話は、私にとっ
てショックな内容でした。

私は礒谷療法所では必要とされていないの
だと悟りました。

そして、礒谷療法所を去る時が来たのだと
思いました。

私自身はずっと礒谷療法所のお手伝いをし
たいと考えていましたので、礒谷療法所を
去らねばならないということはとても悲し
い出来事でした。

私自身は、自分の体調のこともあり、それ
まで開業することは考えていませんでし
た。

しかし、菊池先生からは私自身のためには
礒谷療法所にいないほうがいいと言われま
した。

他の方からも、もう辞めたほうがいいと言
われました。

それで、私も独立開業する方向で動き始め
ました。

  そうして、長年お世話になった礒谷療法
所を退職することになり、平成7年の10
月に地元の兵庫県赤穂市で独立開業しまし
た。

その時、私は34歳で、まもなく35歳に
なろうとしていました。

その後、反中先生が磯谷療法所を辞めら
れ、菊池先生も磯谷療法所を辞められまし
た。

開業後は礒谷式力学療法の専門の治療院と
してやっていました。

  ところが、独立開業してから2年後の平
成9年に、偶然ほぼ同じ時期に前後して2
つの発見をしました。

私が36歳のときでした。

  第一の発見は、治療の本質というのは刺
激ではないかということでした。

そうして、刺激という観点から改めて治療
というものを考察してみると、治療という
ものがどういうもので、その根底にはどう
いう問題があるのかということもわかって
きました。

ほとんどの治療法は、この問題を内在して
いるということも明らかになりました。

ところが、力学整体ではこの問題が発生し
ないということもわかりました。

この発見によって、まったく新しい視点で
治療というものをよく理解できるようにな
りました。

私はそれを偶然に発見し体系化することが
できたのです。

第一の発見をしたときには、自分の発見に
驚き、興奮していました。

  第二の発見は、峯村浩著『こりと痛みと
背骨の曲がり』(三天書房)という本を再
読したのがきっかけになりました。

私は、何年も前にこの同じ本を読んだこと
がありました。

その時は、この本で説明されている自律整
体健康法の考え方に感銘を受けました。

もしかしたら、自律整体健康法は礒谷療法
より優れているのではないかという感想さ
え持ちました。

そこで、自律整体健康法の施術を何度か試
しに受けに行ったこともあります。

しかし、実際に治療を体験してみてからは
自律整体健康法の技術に興味を失ってしま
いました。

それが、何年も後になって、自律整体健康
法の本を再び読んでみたところ、私の頭の
中で自律整体健康法の「筋硬縮理論」の考
え方と礒谷療法とが結びついたのです。

それがきっかけで、従来の礒谷療法を超え
る新しい理論を発見することになりまし
た。

私は従来の礒谷療法とは異なる新しい理論
を構築する作業に着手することになりまし
た。

礒谷療法というのは非常によく考え抜かれ
た療法で、私はその理論と技術もほとんど
完成されていると考えていました。

ところが、長年、自分の身体で体験した
り、現場で実際の臨床経験を積んでゆく
と、礒谷療法の理論ではどうしても説明の
つかない現象などに出くわすことがでてく
るようになりました。

当初は、そうした説明のつかない現象につ
いては礒谷療法の例外であるとして処理し
ていました。

どんな優れた理論であろうと、すべてを完
全に説明し尽くせることは現実にはあり得
ないだろうと考えたからです。

しかし、私はそうした説明のできない現象
についての謎が徐々に増えて、礒谷療法に
対する疑問を抱え込むようになっていまし
た。

しかし、新しい理論では、礒谷療法では説
明のつかなかった現象や礒谷療法ではわか
らなかったことを説明できるようになった
のです。

  第二の発見の理論の基礎がかたまると、
私は親しい礒谷療法の講習生の人たちに新
しく発見した2つの理論について講義をし
ました。

その講義を受けた人たちからは以下のよう
は感想が寄せられました。

従来の礒谷療法が旧理論だとすれば、第二
の理論は新理論だと言ってもいいというも
のです。

また、新理論にもとづく療法は、もはや礒
谷療法とはまったく異なる療法であるとい
う意見でした。

そこで、私は新理論にもとづく療法を礒谷
療法と区別するために力学整体と命名する
ことにしました。

  その後、岡林龍之著『アヒムサ健康法』
(柏樹社)、岡林龍之著『アヒムサ家庭療
法』(柏樹社)を読みました。

岡林龍之氏の「アヒムサ健康法」を通じ
て、「人間科学協会」会長でカイロプラク
ターの大湊大鑑氏の「短縮則理論」を知
り、力学整体の新理論を深めていきまし
た。

 その結果、力学整体の基本原理は礒谷療
法とはまったく異なる理論で構築されるに
至っています。

また、力学整体の整体操法と自己整体法は
礒谷療法とは異なる原理と理論で技術が運
用されています。

  力学整体の理論と技術の運用は、力学整
体研究所の会員の皆様のご協力のもとに教
えられながら、自らも力学整体を実践しつ
つ、より進化・発展させるべく研究活動を
継続しています。

 平成12年には研究所を開業当時の場所
から現在の場所へ移転しました。

それに伴って、治療院の名称を力学整体研
究所と変更しました。

 現在は、会員の皆様のお陰で力学整体研
究所も力学整体に関する世界で唯一の研究
機関と治療院という自負と自信のもと、会
員の皆様に支えられ成り立っています。

力学整体研究所は、これからもあなたの力
学整体研究所としてありたいと願っていま
す。

来て頂いている会員の皆様への責任とし
て、これからも力学整体研究所は発展拡
大、質の向上と共に、気楽に来院できるア
ットホームな治療院を目指しています。

どうぞ末永くご愛顧のほどをよろしくお願
いします。

力学整体研究所 代表 冨岡正喜

・ポイント:
治ったら何がしたいですか?

When you get better, What you want to do?

あなたにとって最高のバランスを提供します。

ところで、あなたは治療の本質をご存じでしょうか。

治療の本質は刺激にあります。

治療というのは身体に何らかの刺激を与えることによ
って生体に備わっている恒常性機能の維持(ホメオス
タシス)や自然治癒力を働かせる行為です。

治療法とは生体に刺激を与える技術です。

手技(徒手)療法では、押したり、揉んだり、さすっ
たり、筋肉を伸張(ストレッチ)させたり、振動を与
えたり、関節を動かしたり、関節を鳴らしたりしま
す。

道具療法では、用具や機器を使用して、温度差による
熱刺激を与えたり、身体に刺したり、身体を動かした
り、衝撃や振動を与えたり、それこそいろいろな方法
があります。

健康食品、サプリメント、漢方、薬剤などは身体に取
り込むことで身体の内部から各組織や細胞に刺激を与
えています。

治療の刺激の与え方はそれぞれ治療法によって異なり
ますが、生体に刺激を与えるという点では共通してい
ます。

ところが、治療の本質が刺激であるため、治療には宿
命的ともいえる深刻な問題をはらんでいます。

つまり、生体というのは、生きているというまさにそ
のことによって治療の刺激に慣れてしまうのです。

同じ治療を継続して受けていると、その治療の刺激に
慣れてしまい、治療の刺激が効かなくなってくるので
す。

治療の刺激が効かなくなってくると、さらに治療を効
かせるためには治療の刺激量を増やすことになりま
す。

いったんは治療の刺激量を増やすことで治療の刺激が
効くのですが、やがて生体は増やした治療の刺激にも
慣れてしまうという悪循環を繰り返すことになりま
す。

そうなると、強い治療を受けないといけなくなった
り、1回の治療を受ける時間を長くしなければならなく
なってしまします。

さらに、治療の刺激による効果も長くもたなくなって
きて、治療を受けなければならない期間がだんだんと
短くなっていきます。

そうなると、身体は治療の刺激を受けないとやってゆ
けない状態になってしまいます。

つまり、身体は治療の刺激に依存するようになってし
まうのです。

こうなると、治療依存症とか治療中毒となってしまい
ます。

力学整体は、治療に刺激を応用していない特殊な技術
です。

したがって、力学整体では治療依存症と治療中毒の問
題は起こりません。

力学整体は、身体に治療の刺激を与えて、恒常性機能
の維持(ホメオスタシス)や自然治癒力を無理矢理に
働かせようとする刺激療法ではありません。

身体の体内バランスを整えることによって、そもそも
生体に本来備わっている恒常性機能の維持(ホメオス
タシス)や自然治癒力の働きを妨害している大本の原
因を取り除く技術だからです。

恒常性機能の維持(ホメオスタシス)や自然治癒力を
働きを妨害している大本の原因を除去すれば、身体に
治療の刺激を与えなくても、恒常性機能の維持(ホメ
オスタシス)や自然治癒力は自然に発動します。

つまり、ほとんどの治療法が刺激を利用して恒常性機
能の維持(ホメオスタシス)や自然治癒力を働かせよ
うとするのに対して、力学整体の技術は生体がもって
いる恒常性機能の維持(ホメオスタシス)や自然治癒
力が本来の働きができるように条件(生体内部環境)
を整えているだけなのです。

それゆえ、力学整体は矯正法としてだけではなく一生
涯の健康法としても安心して長く取り組める整体法な
のです。

あなたは、体が歪むから病気や症状が起こっていると
考えていませんか?

体の歪みは病気や症状の原因ではありません。

病気や症状の本態は別のところにあります。

ちょっと考えてみればわかることなのですが、本当に
体の歪みが病気や症状の原因であるならば、健康な人
が体調の悪い人と同じ姿勢を取れば同じ病気や症状が
起こってくることになるはずです。

しかし、健康な人が同じ姿勢を続けても、同じ姿勢を
続けることによる疲労はあっても、体調の悪い人と同
じような病気や症状は起こってきません。

力学整体では、体はほとんど真っ直ぐだからこそ身体
の不調や症状が起こっていると考えています。

人間の身体を微視(ミクロ)的に観察すれば、確かに
細かい身体の歪みはあります。

しかし、身体の全体を巨視(マクロ)的に観察すれ
ば、身体には大きな歪みはなくほとんど真っ直ぐなの
です。

ですから、体の歪みが問題なのではなく、ほとんど真
っ直ぐになっている身体の内部で起こってる現象こそ
が本当の問題なのです。

つまり、身体をほとんど真っ直ぐにする作用が身体の
内部で発生しているのです。

それこそが、病気や症状の本態なのです。

力学整体は実際に体質を改造する本物の根本療法で
す。

力学整体は股関節の角度を調整することを通じて全身
の体縮を解消し体癖を修正する矯正治療法であるとと
もに健康増進法でもあります。

日常の習慣動作や姿勢、突発的な事故、遺伝等によっ
て、股関節が転移(ズレ)ると、左右の脚で脚長差が
生じます。

股関節部で大腿骨が外転・外旋すると脚が長くなり、
内転・内旋すると脚が短くなります。

この脚長差がひどくなると跛行になります。

大腿骨が骨盤にはまり込む角度の変化の影響を受け
て、股関節症や膝が変形したり、骨盤の歪みが生じま
す。

骨盤の歪み応じて骨盤の上部にある背骨は曲がること
になり骨格系の異常が起こります。

そうなると、地球の重力場では、体形のバランスを取
るために、重力の影響を受けて、脳神経が自律的に働
き股関節部を中心にして体内の筋肉が収縮し、神経ネ
ットワークを通じて全身が縮む(短縮)という体縮現
象を起こします。

そして、体縮がクセ(硬縮)になって体癖となりま
す。

そうなると、全身がコリの緊張状態になって、体形が
ゆがみ、背骨は曲がり、関節の動きが悪くなります。

その結果、いろいろな症状となって現われることにな
ります。

特に、短縮や拘縮のひどい個所で症状が起こるわけで
す。

頭や頸部では頭痛、偏頭痛、頭重、肩凝り、肩こり、
首の張りなど痛みやコリ感や張り感として、背中では
背痛、ケンビキ痛、背中の張り、引きつれ、痛み、冷
感として、腰部では腰の重さやだるさ、腰痛、ギック
リ腰、椎間板ヘルニアなどとして、手足では股関節脱
臼、変形性股関節症、膝痛、神経痛、座骨神経痛など
の痺れ(シビレ)や痛みなどの症状として表れます。

また、体縮による体内環境の狭窄によって、血管やリ
ンパ管の圧迫による血行不良、血圧変化、神経圧迫に
よる神経機能異常、臓器圧迫による内臓機能低下、ホ
ルモン分泌異常などの症状としても表れます。

身体の部分で現れる病気や症状は異なりますが、症状
を起こしている原因は共通しています。

したがって、体の歪みは(病気や症状と同様の原因に
よる)結果であって、病気や症状の原因ではありませ
ん。

カイロプラクティックや整体などの各種療法、代替療
法で巷間言われているように、体の歪みと体調や症状
とは直接の関係はありません。

重力場で脳神経のネットワークが働いて体内にある全
身の筋肉系が収縮と弛緩をすることによって身体の均
衡をとっているのですから、それはある意味で必要性
があって起こっていることなのです。

つまり、建物が傾いた場合、建築物が倒れないように
するには支(つっか)え棒をすればいいわけですが、
身体の内部で起こっていることは支え棒をするのと似
ている現象なのです。

身体の場合、外から支え棒をするわけにはいかないの
で、内部の筋肉系を収縮したり弛緩したりして支え棒
と同じ働きをしているのです。

したがって、収縮したり弛緩した筋肉系を弛緩させた
り収縮させたりする治療行為は、必要性があってして
いる支え棒を取り除く行為になってしまうのです。

つまり、病気や症状が起こっている部分だけを取り出
して、その部分だけを治そうとする治療行為は、身体
の支え棒を取り除く行為なのです。

建物を支えていた支え棒を取り去ったら、建物は倒れ
てしまします。

ですから、支え棒を失った建物が倒れないようにする
には、また同じ個所で支え棒をするか、別の個所で支
え棒をすることになります。

身体でも、緊張している筋肉系へアプローチする部分
的な治療行為をすれば、それと同じ現象が起こりま
す。

病気や症状が起こっているのは身体の部分なのです
が、その部分を治すだけでは病気や症状を根本的に解
消できません。

というのも、体内の一部で短縮や硬縮などのが起こる
と、それが全身に波及して体縮が起こるからです。

わかりやすい例で説明しましょう。

たとえば、長い1本の棒が地面と鉛直に立っているとし
てください。

棒は骨格系です。

その棒に対して四方八方からロープを巻き付けて張っ
ているとしましょう。

ロープは筋肉系です。

それが、何らかの事情で棒が傾いたとしましょう。

そうすると、傾いた棒を真っ直ぐに立て直すには、棒
が傾いた側と反対側のロープを引っ張ればいいわけで
すよね。

ところが、棒はロープでその側へ引っ張られているた
め、棒を真っ直ぐに立てるためには、今度はさらに反
対側のロープも引っ張り返さなければならなくなるの
です。

ですから、いったん棒が傾くと、あちらこちらでロー
プを引っ張らないと、棒を真っ直ぐ立てるためには引
っ張る力の均衡がとれなくなるのです。

これと同じ現象が身体にも全身で起こっているので
す。

全身に体縮と体癖が起こっていて、その中でも部分的
に短縮や硬縮のひどい個所で病気や症状が起こってい
るだけなのです。

ですから、病気や症状の起こっている部分を治すに
は、その部分とは直接の関係のないように思われる全
体から治さなければ根本から解決できないのです。

力学整体は、身体にとって必要性のある支え棒の役目
をしている部分にはアプローチしません。

力学整体は、傾いた建築物のほうにアプローチして、
建築物を真っ直ぐにします。

そうすると、建築物は支え棒を必要としなくなりま
す。

その結果、身体は支え棒を必要としなくなり、体内で
収縮や弛緩していた筋肉系が元の正常な均衡のとれた
状態に戻ってくるのです。

力学整体は、そうした病気と症状の本態とメカニズム
を解明し、股関節の角度を調節することを通じて、体
縮を解消し、体癖を修正しながら、自分に合った体形
のバランスを回復・維持する礒谷式力学療法(礒谷療
法)から発展した独自の整体療法です。

兵庫県赤穂市

Posted by 地元密着なび