





斑鳩町法隆寺の北600m(ただし直線距離。実際には回り道で1kmほどある)にある方墳。天満池の西側を通る道をずっと北に登っていくと、小さな古墳が見えます。
田んぼに周りを囲まれていますが、道路から古墳まではあぜ道があるので、田んぼに踏み入らずに古墳を見られます。
立ち入ることができないように柵が付いてはいるものの、外から石室が覗けるのも良いです。
東に少し離れた場所に、案内板が立っていました。あまり状態が良くないので、内容を書き起こしておきます。
昭和51年12月に、斑鳩町教育委員会が県立橿原考古学研究所の協力を得て発掘調査を行い、出土遺物などから6世紀末頃に作られたと推察できます。
古墳の形は一辺約23mの「方墳」と推定され、石室は横穴式石室です。
縄文時代から室町時代頃の遺物が出土し、副葬品では、須恵器などの土器類や耳環(じかん・イヤリング)、馬具などがありました。
また、貴重な遺物として、高さ9.5cmの金銅仏や塑像仏(そぞうぶつ)の破片、花瓶(けびょう)や六器(ろっき)などの仏具など、仏教に関するものが出土しました。
これらは、中世になって石室が仏堂として利用され、当時「聖(ひじり)」と呼ばれた僧侶が一般民衆へ布教活動を行う際の祠(ほこら)とされたようです。

コメントを残す